夫または妻が、日常生活に支障をきたすほどの強度の精神疾患を長期間患い、助け合って生活する義務を果たせない時には、それが離婚の原因として認められることがあります。
しかし精神病にかかったからといって、すぐに離婚を認められるわけではありません。重い精神病を理由に離婚が認められるためには、その他にも、いくつかの条件を満たしていることが前提となります。
この記事では、うつ病の妻(夫)との離婚を考えた時に知っておきたい問題点や、離婚する方法についてご紹介します。
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うつ病の妻(夫)との離婚の問題点
当事者間の話し合いで協議がまとまれば、離婚は成立しますが、一方が離婚したくないと主張していたり協議がまとまらなかったりする場合には、調停、裁判と進むことになります。
裁判をしてでも離婚を争いたい場合には、民法770条が定める5つの離婚事由のいずれかに該当する必要があります。つまり、「裁判する際の大義名分」が必要となるというわけです。
民法第770条
1.夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき。2.裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
強度の精神病とは、統合失調症、躁うつ病、認知症、アルツハイマー病などのことで、ノイローゼやヒステリー、アルコール依存症などは、強度の精神病とはなりません。
実際の裁判では、認知症、アルツハイマー病などについて「その他の婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき。」の離婚事由として扱うこともあるようです。
なお、重い精神病を患ったのは本人の責任ではありません。そして、夫婦はお互いに助け合わなければなりません。ですから、重い精神病を患ってしまったからといって、すぐに離婚できるわけではなく、下記のような事情から慎重に判断されることになります。
・ 重い精神病であること ・ 回復の見込みがないこと ・ 治療が長期間にわたっていること ・ これまで献身的に患者の面倒をみてきたこと ・ 離婚後の患者の生活の見通しがあること |
これまでの経緯、介護生活が考慮される
重い精神病にかかったからといって、病気になった本人を見捨てるような行為は、裁判でも支持されません。看病している側の負担にも配慮して「結婚生活を続けられるかどうか」が慎重に判断されます。
これまで十分な介護を行ってきたこと、病人を抱えた厳しい現実、結婚生活がすでに破綻していることなどの事情が重視されます。治療経過や入院期間、通院の回数などをもとに、長期間にわたって治療が行われたかどうかが判断されます。
専門医の意見や診断書が必要
精神病を離婚事由とする場合には、病気がどのような状態か、今後回復をする見込みはあるのかなどについて明確にするために、専門医の意見や診断書を提出する必要があります。投薬などで回復の見込みがある場合には、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」には該当しないため、強度の精神病を理由とした離婚は認められません
ただし、離婚事由の「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当することもはあります。
重い精神病を理由に離婚を成立させるための条件は非常に厳しいため、「かすかに人格が崩壊することは認められるか、意思能力を欠くほどではない」場合などは、離婚の成立が認められないこともあります。
したがって、病気の程度や条件によっては「強度の精神病である」という厳しい条件に該当しない場合も多く、その場合には、民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当するとして、離婚を請求することも検討します。
この場合にも、「長期間にわたり夫婦間の協力義務をまったく果たせない」など、婚姻関係がすでに破たんしていることを証明する必要があります。
病人の離婚後にも配慮が必要
離婚が成立したとしても、病人が放置されるような事態は絶対に避けなければなりません。特に精神病を患っている場合、その患者が離婚後も安定した生活を送れるかどうかが非常に重要な要素として重視されます。
そのため、離婚が認められる際には、患者本人が必要な医療や生活支援を継続的に受けられる体制が整っていることが確認されることが求められます。
成年後見人が必要なことも
精神病にかかっている本人が、離婚の意味すら分からない場合や日常会話すらできないような場合には、協議や調停、裁判を進めることは困難です。
その場合には、患者に成年後見人(その人を援助してくれる人)をつけてもらうよう、家庭裁判所に申し立てます。そして、その成年後見人を被告として裁判を起こすことになります。
うつ病で慰謝料請求は難しい
慰謝料は、離婚する際にいつでも請求できるものではなく、浮気やDV、悪意の遺棄などの不法行為のために精神的苦痛を受けた場合にその傷ついた気持ちをなぐさめるために支払ってもらうお金のことです。
うつ病にかかるのは不可抗力であり、不法行為とはいえないので、重い精神病を理由として慰謝料を請求できるケースは、ほぼありません。
うつ病の妻(夫)と離婚する方法
重い精神病を理由として離婚する場合でも、日常会話ができる状態であれば、まずは協議離婚(話し合いによる離婚)や調停離婚(調停を利用した離婚)が可能です。
問題は、重度の認知症などで離婚の意味や相手の判別すらできない場合です。
重度の認知症などで、離婚するという意味が分からないような場合は、協議離婚や調停離婚によることはできませんので、裁判離婚によって離婚成立を目指すことになります。
まずは話し合う
離婚についての話し合いが可能であれば、まずは話し合いを行います。
けれども相手がうつ病の場合には、離婚の話を持ち出すだけでも「気分が落ち込む」と言われ、話し合いに応じようとしない場合があります。
これまで十分介護してきた側からすれば、話し合いに応じようとすらしない相手に苛立ってしまうものです。このような事情から、うつ病の相手との離婚の話し合いは、スムーズに進まないことが多いようです。
話し合いが難しい時は調停を申し立てる
夫婦間で話し合いが難しい場合には、夫婦関係等調整調停(離婚調停)を申し立てます。調停は、相手の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。
離婚調停の申し立てが受理されると、調停委員が双方から何度も話を聞きながら解決策を探ります。
この時、自分の主張を裏づける証拠などをできるだけ集めておきましょう。
うつ病のケアを十分行ってきたこと、結婚生活が破綻していることが客観的に分かるものを用意します。日記や録音、動画、診断書などが効果的です。
また、相手が主張してきそうなことを予想して、それに反論できるよう対策を練っておくことも必要です。
なお、調停では申立書と一緒に陳述書を提出することができます
陳述書とは、自分の言い分や希望などを記載した書面のことです。
離婚調停を行ううえで、必ず必要となる書類というわけではありませんが、調停委員に事前に内容を理解してもらえるので、調停がスムーズに開始するというメリットがあります。
陳述書は、書き方に決まりがあるわけではありませんが、箇条書きに簡潔にまとめるのがおすすめです。
以下に、陳述書の記載例を紹介しますので、参考にしてください。
何度かの調停を経て、双方が合意できたら、調停調書が作成されます。調停が成立しても、戸籍を別々に分ける手続きとして、離婚届の提出をする必要があります。調停離婚の場合には、原則として調停成立の日から10日以内に申立人が届け出る必要がありますので、忘れないようにしてください。
調停が不成立となったら裁判へ進む
うつ病の場合、調停を頑なに拒否してくることがあります。
なかには、調停を無断欠席するケースもあります。家庭裁判所では、出頭勧告したり相手方を訪問して説得したりしますが、それでも相手が拒否する場合には、調停不成立となるか調停を取り下げて、裁判離婚を起こすしか方法がなくなります。
まれに調停不成立で、裁判所が審判を下して離婚を言い渡すことがありますが、実際には離婚総数の1%以下の事例しかありません。
これまでもご紹介してきたように、病気は本人の責任ではないので、夫や妻がうつ病になったからといって、裁判所が積極的に離婚を認めてくれるわけではありません。
離婚判決が、病人を治療できない状態に追いやったり、他の親族に負担を押し付けたりするような結果になることも、懸念材料となります。
したがって、誠意のある介護をしてきたこと、離婚後の生活にも十分な配慮がされていることなどの事情があり、夫婦生活がすでに破綻していることが立証できれば、夫婦の新しい生活が認められることになります。
強度の精神病で離婚が認められた過去の事例
強度の精神病を離婚事由として離婚が認められた事例は、ほとんどなく、実際の判例では、「婚姻を継続しがたい重大な事由(民法770条1項5号)」で離婚が認められます。
妻の認知症
過去、重度の認知症である妻との離婚を認めた判決があります。
・判決の時点で、夫は42歳、妻は59歳 ・結婚20年で、子どもはいない ・妻は結婚11年目頃から様子がおかしくなり、その2年後にアルツハイマー病であると診断された ・妻は入退院を繰り返しましたが、その後夫は家事一切をこなしながら妻の世話を続け、夫の母と一緒に介護をしてきた ・見かねた民生委員の尽力などもあり、妻は24時間の完全介護施設に入居することができた ・夫は妻の入所後も、1~2週間に1度の割合で見舞いを続け世話をした ・親族や知人の勧めから再婚を考えるようになり、離婚を決意 |
上記の事例では、①離婚理由としては精神病(民法770条1項4号)と②婚姻を継続しがたい重大な事由(民法770条1項5号)を主張しましたが、この裁判で判決は②で離婚を認めました。
この事例では、離婚後の生活が保障されるような、経済的な見込みが具体的に立っており、離婚後も費用面での不安なく十分な治療を受けられる見込みがあることが評価されたものです。
妻の精神分裂症
妻の精神病を事由として、離婚を認めた判決があります。
・結婚期間は20年だが、後半10年は妻は精神科病院に入院していた。 ・子どもは1人 ・慰謝料はないが、財産分与として1,000万円の支払いを命じた |
上記の事例では、判決は「強度であり回復の見込みはない」とは認められないので、精神病(民法770条1項4号)を理由とした離婚は認められないが、婚姻を継続しがたい重大な事由(民法770条1項5号)を理由とする離婚生活は認められるとして、離婚請求が認められました。
そのうえで、夫婦の結婚生活が破綻した主な原因は、妻の粗暴で家庭的でない言動にあると認められ、発病の主な原因も、妻が未熟で、炊事、掃除、洗濯をすることなく、甘やかされて育てられてきた享楽的な家庭環境から、わがままのきかない通常の結婚生活に入ったことにあると認められました。
そのうえで、夫に妻の実母同様の寛大さをもって接するよう求めることは、酷であるとしています。
まとめ
以上、うつ病の相手と離婚するための方法についてご紹介しました。
夫婦は、健康な時も病気の時も、本来は助け合っていくべきです。しかし、それが結婚生活を破綻させ、一方が十分な介護をしていると認められるときには、婚姻を継続しがたい重大な事由(民法770条1項5号)に当たり、離婚の請求が認められることがあります。
重い精神病を理由した離婚を成立させるための条件は非常に厳しく、結婚生活が破綻していることの証拠や、離婚後も精神病をわずらっている人が今後経済面や療養するうえで困らないよう、具体的な対策を立てることも求められます。
たとえば、離婚後には患者本人の実家がサポートすることが決まっていること……など、療養面での配慮も求められますし、離婚後も引き続き金銭的に配慮する準備が必要とされる場合もあります。
なお、うつ病の相手との離婚交渉、調停、裁判は大変難しいケースがほとんどです。早めに弁護士に依頼し、必要となる証拠を集めるようにしましょう。特に、相手が弁護士に依頼していると、1人では不利な状況に追いやられ、離婚の請求が認められないこともあります。弁護士に依頼すれば、どこが争点になるのかを適切に見極めてもらえるので、事実関係を証明するための証拠を準備することができます。