悪意の遺棄は民法770条の離婚事由|慰謝料は請求可能?証拠は必要?

結婚している夫婦には、同居し、お互いに協力し扶助しなければならない義務があります。「悪意の遺棄」とは、これらの夫婦の義務を正当な理由なく怠ることをいいます。

「悪意の遺棄」は、民法770条の「法定離婚原因」の1つなので、裁判となった場合にも悪意の遺棄を証明できれば離婚できる可能性があります。

悪意の遺棄とは

「悪意の遺棄」とは、配偶者と同居しなかったり協力しなかったりすることをいいます。たとえば、生活費を渡さなかったり家出を繰り返したりする行為です。「悪意」といえるは、夫婦の義務を単に怠ったというだけではなく「こうすることで夫婦の暮らしを破たんさせてやろう」「こんなことをして相手が困っても構わない」と考えている場合をいいます。

つまり、遺棄すれば夫婦共同生活がやっていけなくなるということを知っているだけではなく、そうなっても構わない不誠実な心理、態度をいいます。

民法770条で定める離婚事由

悪意の遺棄は、民法770条で定める「法定離婚事由」のひとつです。

協議離婚や調停離婚では「何となく考えが合わない」「顔を見るのがいやになった」などといった理由でも、夫婦が互いに離婚することに合意すれば離婚できます。

しかし、裁判をしてでも離婚したい場合には、法定離婚事由のいずれかに当てはまると裁判所が認めなければ、離婚判決を勝ち取ることができません。つまり、裁判をするからには「大義名分」が必要になるというわけです。

民法第770条
1.夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

民法770条で定める法定離婚事由

悪意の遺棄が問われるケース

結婚している夫婦は、同居して、互いに協力し、助け合わなければなりません(民法752条)。悪意の遺棄とは、同居・協力・扶助という夫婦の義務を、わざと行わないことをいいます。

(1)同居義務違反

同居義務とは、夫婦が一緒に住む義務です。結婚した夫婦が同居して夫婦共同生活を送るのは、結婚生活のひとつの基本要素と考えられているからです。
同居義務違反とは、一緒に住むという夫婦の同居義務に違反する行為をいいます。

たとえば、勝手に実家に帰ったきり、戻ってこない、家族を無視して別に住居を借りて出て行ったなどのケースです。
裁判になった時には、別居したことが分かる住民票などが証拠となります。

同居義務違反とみなされる事例

同居しないからといって、すぐに同居義務違反となるわけではありません。
同居義務違反と認められるのは、主に以下のようなケースです。

・夫(妻)の承諾を得ないで、勝手に別居している
・たびたび家出をする
・夫(妻)を家にいれない
・夫(妻)を虐待して追い出す
・浮気相手の家に入りびたっている
・実家に入りびたっている

なお、何度も帰ってくれるように頼んだのにそれを無視して帰ってこないのであれば同居義務違反となりますが、たまたま実家に帰って数日間帰ってこないくらいでは、同居義務違反が認められるわけではありません。

同居義務違反とみなされない事例

仕事や暴力など、正当な理由があって別居している場合には、同居義務違反には当たりません。また、夫婦関係を見直すために一時的に別居しているケースも同居義務違反とはなりません。

・単身赴任や病気療養のため別居している
・夫婦関係をやり直すため(見直すため)に一時的に別居している
・配偶者の暴力を避けるために家を出る

(2)扶助義務違反

扶助義務違反とは、配偶者を養い補助しなければならない義務です。専業主婦などでで片方が無収入なら、もう片方が助けなければなりません。
したがって、収入のある側は生活費を渡さなかったり、自分の趣味やギャンブルに使い込む行為は「扶助義務違反」となります。

裁判となった場合には、源泉徴収票や預貯金通帳が証拠となります。

扶助義務違反とみなされる事例

扶助義務違反と認められるのは、生活が困窮するのに生活費を渡さないというようなケースです。

・最低限の生活費を渡さない
・生活費の大半を趣味やギャンブルに使いこむ
・生活費を送る約束で別居したのに送らない

扶助義務違反とみなされない事例

扶助義務は、失業中や病気などの理由から働けないなど、やむを得ない事情がある場合には、義務違反とは認められません。

・失業や病気など健康上の理由から、働けない場合
・家事に専念するために職につかない
・配偶者が一方的に家を出て、生活費を渡せない

(3)協力義務違反

協力義務とは、力を合わせて結婚生活を維持する義務です。家事・育児を放棄した場合は協力義務違反となる可能性があります。

外に出て働く女性が増え、「夫が働き、妻が家事・育児を行う」という分担システムは当たり前ではなくなってきました。しかし妻が専業主婦の場合でも、夫に家事や育児の義務が全くないわけではありません。

それなのに、共働きの家庭でさえも「家事は女のやることだ」と決めつけている男性は多く、当たり前のように妻が家事や育児を受け持ち、妻が不満を抱えているケースがあります。

しかし、一方に家事・育児の責任を夫婦の一方にすべて押しつけることは許されていませんし、協力義務違反になることがあります。
したがって、家事や育児を全く手伝う気配もない夫も、限度を超すと悪意の遺棄にあたり、離婚原因になります。

協力義務違反とみなされる事例

協力義務違反とみなされる事例は、主に以下のようなケースです。

・専業主婦なのに、家事を全くしない
・共働きなのに、家事を全くしない
・家族を顧みず、遊びまわっている

協力義務違反とみなされない事例

やむを得ず協力することができない事情がある場合には、協力義務違反とはみなされません。

・病気などの健康上の理由から、家事ができない
・仕事上の理由がある場合

悪意の遺棄とみなされた過去の判例

どのようなケースが悪意の遺棄に当たるかご紹介してきましたが、ここでは、過去の判例で悪意の遺棄とみなされた判例をご紹介します。

(1)別居を理由に生活費を渡さない

「外泊を続け生活費を渡さない夫が勝手に住民票を移動し、帰宅するのは月に数回となった。その後、妻に一切の生活費を渡さなくなり妻に暴力をふるうようになった。そして妻はそのまま家出し別居状態となった。」

この裁判では、生活費を渡さず家族を顧みない夫の行動はあまりに身勝手であり「悪意の遺棄」にあたるとされました(大阪地方裁判所 昭和43年6月27日)。

(2)実家に戻り戻らない妻

「結婚後に流産した妻が、夫の了解を得て実家に戻った。その後2か月にわたり夫から自宅に戻るよう言われたが、戻らなかった妻に対する夫からの離婚請求を行った。」

この裁判では、悪意の遺棄を原因とする離婚請求は認められませんでした。
しかし、妻の行動はわがままであり、婚姻関係は破たんしているといえ民法770条の「婚姻を継続しがたい重大な事由」があるとして離婚が認められました(横浜地方裁判所 昭和50年9月11日)。

(5)障がい者の妻を置き去り

「半身不随になり、身体障がい者4級と認定されている妻を自宅に置き去りにし、夫は理由なく家出をした。」

この裁判では、妻を置き去りにして何年も家に戻らなかった夫の行為が悪意の遺棄に当たるとして、妻からの離婚請求を認めました(浦和地方裁判所 昭和60年11月29日)。

悪意の遺棄を理由とした離婚と慰謝料請求

悪意の遺棄に該当する行為があるにも関わらず、相手が離婚に応じない場合には、離婚裁判で離婚をすることができます。また、慰謝料を請求できることもあります。

裁判では証拠が必要

裁判では、「悪意をもって義務を怠っていること」を証明する必要があります。

立証責任(相手の非を証明しなければならない)があるのは、慰謝料を請求する側にあります。

したがって、「悪意の遺棄にあたる」という相手の行為や「身体や生活にどれだけの被害が出て、精神的にどれだけ苦しんだのか」という自分の損害をしっかりと主張できるように、証拠を集めておく必要があります。

同居義務違反の証拠

同居義務違反の証拠とは、相手だけが引っ越したことを示す書類などです。
住民票はそのままで実家に戻っているというようなケースだと、実家でも口裏を合わせることもあります。このような事情がある時は、別居した日時や経緯を細かく記載したメモや第三者の証言などが証拠となることもあります。

・別居したことが分かる住民票
・別居している家の賃貸契約書
・別居の経緯を記載したメモ
・同居を拒否している際の録画・録音
・一方的に家を出て行ったことを示す手紙・メール

扶助義務違反の証拠

扶助義務違反の証拠としては、生活費が渡されていないことを示す書類や、生活費を渡さずギャンブルに使っている履歴などがあります。レシートやクレジットカードの履歴もきちんと残しておきましょう。

・浪費した現物
・浪費したことを示すクレジットカードの明細書
・浪費したことを示す領収書
・ギャンブル中の写真や録音
・源泉徴収票
・給料明細書
・預金通帳

協力義務違反の証拠

協力義務違反を証明するのは、書類などを揃えるのは難しいところがあります。
家事・育児を放棄している場合であれば、その状況を録画・録音すれば証拠になるでしょう。

・家事・育児を放棄している状況を撮った写真や映像
・生活状況を記録した日記・メモ

慰謝料を請求できる

悪意の遺棄を理由として離婚する場合は、慰謝料を請求することができます。
悪意の遺棄の具体的な状況や婚姻期間、精神的苦痛の度合いなど、さまざまな事情を考慮して検討されますが、悪意の遺棄の慰謝料の額は50万~300万である場合がほとんどです。

慰謝料の金額に、明確な決まりがあるわけではありません。協議離婚である場合は、夫婦の話し合い次第で自由に決めることができます。調停や裁判でも自由な金額を請求できますが、現実としては高額な決定はほぼでません。無謀な請求は、かえってトラブルが長引くことがありますので、弁護士と相談しながら、冷静に判断することが大切です。

まとめ

以上、悪意の遺棄についてご紹介しました。
悪意の遺棄は、民法770条で定める法定離婚事由の1つで、悪意の遺棄があった場合には、裁判で離婚を請求し慰謝料を請求できることになります。

ただし、悪意の遺棄があったことを証明するためには証拠が必要です。どのような証拠が必要となるのかについては、早めに弁護士に相談してアドバイスを求めることをおすすめします。